花火大会で浴衣はなぜ着るの?民族衣装に関わる僧侶や沐浴ってなに?

季節
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花火大会にはぜひ浴衣姿で楽しみたいもの。

風情があって夏や花火にもピッタリの浴衣は、近年、男性にも人気となっています。

私たちが普段着ている洋服と違って、まだまだ着物はイベントの時に着用するということが多く、なぜ夏=花火=浴衣になるのか意味がよく分かりませんでした。

なので、ここでは、花火大会でなぜ浴衣が着られるようになったのか、日本のルーツを紹介していきます。

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花火大会で浴衣をなぜ着るの?

大きなイベントの花火大会にかぎらず、毎年家族で浴衣を着用するご家庭もあるかもしれませんね。

その浴衣が夏の花火につきもののような風物詩になった理由を見ていきます。

浴衣が外出着となるまで!

浴衣=普段着だった

現在、私たちが普段着の洋服で花火大会に出かけることがあるように、浴衣が普段着だった時代背景が見られます。

私たちがイベントとして着用する浴衣のイメージとはまったく違いますよね。

ここで、少し浴衣という形に変化するまでをお話していきます。

浴衣という民族衣装のはじまり

もともと、浴衣は僧侶が身に着けてた内衣(ないい)から始まりとされています。

僧侶が法会前に身を清める入浴時にからだに直接身に着けていたものだそうです。

浴槽がなかった平安時代

日本文化が花開いた平安時代は貴族たちが浴衣を着用したまま利用していました。

下着の感覚でもありますね。

着用する意味は3つほどあげられます。

  1. 蒸し風呂でかいた汗を吸い取っていた
  2. 沐浴でヤケドから守る意味があった
  3. 数人と沐浴することもあり肌を隠していた

この頃は浴槽などなく、今でいうサウナのような蒸し風呂で沐浴をしていたようです。

浴槽へ変化の鎌倉~安土桃山時代

お風呂が浴槽付きになってくると、湯上り後に着る着物としてが広がっていきます。

宿泊先の旅館では湯上りにくつろげるよう浴衣が用意されていることも多いですが、普段私たちが着用しているパジャマやバスローブのようなものですね。

桃山時代は盆踊りが盛んになったようで、盆浴衣としても着用されるようになり、これが夏に浴衣を着るようになった始まりと言われています

普段着代わりの江戸時代

江戸時代初期には、中国から日本に伝来した「花火」が人気を呼んでいました。

風呂屋の涼み場で着用していた浴衣を外出着にしはじめたことで、人気だった花火にも着用されていったこともあるようです。

洋服が広まった明治~近年

明治~昭和初期は、湯上りにだけではなく寝間着としても着られはじめます。

さすがに現代では、普段着に浴衣はなかなかありませんが、これまでの風習がカップルたちの間でも取り上げられるようになったため、様々なデザインの浴衣が販売されるようになりました。

着物は絹や麻など通気性が良い涼しい素材で作られていました。
江戸時代の8代将軍吉宗が行った享保の改革で高価な絹を使用する着物の着用が禁止されていました。
その後、木綿の着物を着るようになります。
着物よりは抵抗なく着用できるイメージでもありますが、やはり普段着ではなくイベントに着用するものとしてイメージの浴衣です。
下着的なモノから始まり普段着となった浴衣、もう少し実用的で粋に着こなせるようになれたらよいですね。
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まとめ

なぜ花火大会に浴衣なのかを着用するのか調べた結果、下着から普段着、外出着と用途が変わってきた様子が分かりました。

浴衣を着て汗の吸い取りやヤケド防止など昔の知恵も素晴らしいものですが、そこから花火大会で楽しむファッションのひとつになっていることにも少し驚きました。

日本人は歴史を重んじ、大切に引き継いでいく風習があります。

江戸時代の名残も感じながら風情を楽しむ文化のひとつとして、これからも浴衣姿が若い方にも広まり、日本の伝統として受け継がれていくと良いですね。

線香花火に込められた言い伝えとその秘めた意味!でも、夏の風物詩のお話をしています。

ここまでご覧いただきありがとうございました。

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