大泉洋さん、今や、知らない人がいないほど、俳優としてもお笑いにしても、お茶の間を楽しませてくれるセンスある役者さんですね。
そんな大泉洋さんが所属する、「 TEAM NACS 」という名のグループ、もしかしたら知らない方もいるかもしれませんよね。
その「 TEAM NACS 」には、結成からとてつもなく、とてつもない長い歴史があります。
今回、大泉洋さんの大ファンであり、水曜どうでしょうのファンでもある私が、大泉洋さんが所属する、「 TEAM NACS 」のグループのメンバーたちのこれまでに渡る、エピソードをご紹介させていただきます。
大泉洋のグループメンバー「 TEAM NACS 」ってどこで生まれたの?
「 TEAM NACS 」をご存じない方も分かりやすいように紹介させていただきますね。
「 TEAM NACS 」は、1996年、北海学園大学の演劇研究会で生まれた演劇ユニットで、北海学園大学の演劇研究会出身の5名で結成されています。
大泉洋さんはじめ、地元を愛してやまないメンバー北海道出身の方ばかり。
では、そこまで地元を愛し、チーム「 TEAM NACS 」が生まれた場所は、どんなところなのでしょうか。
当時のままなのでしょうか?
「 TEAM NACS 」は、ここからスタートしたんですね。
大泉洋やグループメンバー・「 TEAM NACS 」の始まりは?
さて、「 TEAM NACS 」、5名のメンバーについて触れていきたいと思いいます。
左から順にメンバー毎のイメージカラーと共に、ご紹介しま~す。
大泉洋トグループメンバーの森崎博之
森崎 博之(リーダー)
生年月日:1971年11月14日
「 TEAM NACS 」を発足した一人。
安田さんと同じ年に卒業を迎え、卒業制作として演じた公演で「 TEAM NACS 」が結成されています。
バンドやダンスの経験があり、見せるこという部分で役者という仕事にも生かされているのかもしれません。
大学の頃は尖っていたメンバーたちが話していますが、行動力がありリーダーとして脚本づくりや公演の手配までこなす行動派だったことから、リーダーという立場も適任だったのかもしれませんね。
留年というご事情で、後に入学してきた安田さんと一緒の卒業を迎えています。
成績優秀だった、証券会社勤めの時代があったり、ごはんソムリエ資格を持っています。
北海道フードマイスターや、ごはんソムリエなどの資格も取得し、農業や食育に関する講演も行っており[7]、2020年にはホクレンアンバサダーに就任した[8]。
引用:ウィキペディアより
安田 顕
生年月日:1973年12月8日
安田さんも「 TEAM NACS 」を発足した一人。
別な大学に落ち、滑り止めで受けていた北海学園大学に進学しています。
今ではTVで活躍し明るく楽しく見えますが、学生時代はいじめられっ子だったそうで、本人自ら根暗だったことを話しています。
今も一人酒が好きというほど、自分の時間は重要らしいです(笑)。
そんな安田さんですが、洋楽好きな父の影響でジャズにはまり、本気でジョンレノンになる!と思っていた時期があったようで、周囲からはキモチがられていたという笑い話があります
大学では、当初はジャズ研究会に入ったが、レベルの高さを思い知らされ、退部。その後、グリークラブ、ESSと転々とするが、どれも雰囲気が合わなかった[12]。最終的には、学園祭の模擬店で団子を売って、楽しそうにしていた演劇研究会に入る。
引用:ウィキペディアより
戸次 重幸
生年月日:1973年11月7日
東京で芝居をしたいと思っていたのを、母に泣いて止められ北海学園大学へ進学しています。
フィギアを作ったり、SF小説を読むなどオタクだった、結婚できないとも思ってたと話しています。
北海道でローカルタレントとして活動し、札幌の情報番組のリポーターや深夜番組などの活動をしていたせいか、「 TEAM NACS 」のメンバーとの競演が少ないように思えますね。
私の大好きな水曜どうでしょうの番組にもあまり出演していないと思います。
ドラマ、「1リットルの涙」に出演した頃からTVでもよく見かけるようになった気がします。
ちなみに、結婚されましたし、愛の力ってすごいですね!
妻で女優の市川由衣さんとのオモシロ交際秘話があります
妻の市川曰く元々は潔癖症のため猫が苦手であったが、愛猫家の彼女の影響で好きになった。
引用:ウィキペディアより
大泉 洋
生年月日:1973年4月3日
大泉洋さんって、東京の大学に合格しているんですね。
何故、北海学園大学?
お兄さんの早稲田を越えたいがために二浪を選択したというから、やる男です!
その結果、北海学園大学となるようですが(笑)。
大泉洋さん、おしゃべり上手で、人を楽しませる天才。
北海道を語り出したら止まらないくらい、北海道愛が凄いですよね。
私は、水曜どうでしょうでも披露している、シェフ大泉が大好きです。
どんな食べ物も、どんな味でも、すべて笑いに変え、マズいも美味いと言わせるあのテンポ。
並みじゃありません(笑)。
役者も笑いのセンスもある大泉洋さん、ご両親も教師をされていたようですが、自身も高校の地理と歴史の教員免許を持っているんですから、何をやってもこなせる男です。
こんな笑えるエピソードがあります
大の動物嫌いであり[32]、中でもサルと猫が苦手であるという。大学時代の音尾琢真、結婚後の戸次重幸らは猫を飼っているが、メンバーであってもペットのいる家には呼ばれても行かない。猫を抱き続ける役の主演のオファーを断ったことがある[33]。ただし、自身のファンのことを『子猫ちゃん』と呼んでいる。
引用:ウィキペディアより
音尾 琢真
生年月日:1976年3月21日
音尾さん、大阪芸術大学合格していますが、これまた親の反対で、北海学園大学に進学することになった一人。
見ていただくと感じていただけるかな?
若いころと現在で一番風貌に変化がある音尾さんです。
渋く、○○のドン!役がピッタリって感じです。
ですが、メンバーの中では一番年下で、メンバーが口を揃えて言うほど、末っ子気質らしいです。
この末っ子気質、あるあるの話ですが、卒なくこなせる、そもれほど努力せずとも難なく結果を出してしますタイプ。
それでいて、可愛がられるという。
何とも、持って生まれた技のようです(笑)。
ソロ公演では日系人ミュージシャンの成りでツアーを行うなどする、独特な観点の持ち主でもあります。
自身のソロ舞台公演ではOttey Ottoman(オッティ・オットマン)という日系人ミュージシャンに扮し、自作の楽曲を引っ提げてのツアーが敢行された。
引用:ウィキペディアより
大泉洋やグループメンバー「 TEAM NACS 」旗揚げから4日で解散!
さて、長くなりましたが、卒業制作のために作った「 TEAM NACS 」という話ですが、これも実は、リーダー森崎さんが最後と決めていた、他にも所属していたイナダ組の舞台がキャンセルになったことで、急遽旗揚げした「 TEAM NACS 」なんですね。
大学の演劇研究会としての舞台は既に終わっていて、森崎さんが最後とするイナダ組の舞台がキャンセルにならなかったら、「 TEAM NACS 」は存在しなかったわけです。
でも、これは始まりであり、解散を決めている終わりでもありました。
これは森崎さんが胸に秘めていたことで、他のメンバーたちは公演最終日に聞かされるという、ショッキングな出来事だったようです。
大泉洋やグループメンバーが考えたやりたいことと現実!
役者という仕事は特にかもしれませんが、それだけで食べていける保証はありません。
リーダー森崎さんは、大好きな芝居を諦め就職をすることを心に決めていたため、「 TEAM NACS 」は解散します。
卒業する森崎さんは東京の証券会社へ進み、安田さんは地元に残り演劇を続けることになりますが、当時は、長く携わってきた森崎さんが辞める?まさか東京などと思わず、メンバーたちは葛藤し、大泉洋さんは大泣きしたと言われています。
想像がつくくらい、大泉洋さんの愛情が感じられます。
ですが、その後、更に思わぬ展開が待っていました。
偶然の再会!忘れられなかった芝居と仲間への想い!
後輩たちがアーチを作り、空港で見送られてから約1年が経ち、就職した2人が戻ってきます。
その再会がやっぱり運命なんですよ!
今の「 TEAM NACS 」があるのも、大げさかもしれないけど、おじいちゃんのおかげなんです。
え?おじいちゃん...。???
はい、森崎さんのおじいちゃんです。
森崎さんのおじいちゃん、少し物忘れが始まっていたようなんですね。
帰省したときに、顔を見せようと会いに行ったときに言われたそうなんです。
寝たきりのおじいちゃんが起き上がったということも凄い話ですが、札幌で頑張れよって内容の話をされたそうなんですね。
あさりますよね、胸...。
旭川にいた森崎さんが札幌に足を向けるというキッカケをくれたおじいちゃん。
それも5人偶然に再会って?
場所は明らかではないけれど、偶然って。
メンバーが離れていた期間は1年ほどで、その再会はこみ上げるものがあったのでしょう。
この後、青春ドラマのワンシーンのような転換になるんですね。
海に向かうんですから!泣けます、なんか。
きっと、ここで溜まっていたお演劇への想いや今の仕事との葛藤など吐き出したのでしょうか。
内緒にしていた東京の住所もポロっと出てしまったのですから、(笑)。
地元と共に生きる「 TEAM NACS 」が再結成!
最高ですね、この流れ!
書いてるだけでワクワクしますし、当時この話を知っていたら、今より身近に感じる「 TEAM NACS 」ファンだたと思います。
再結成してくれてありがとう。
これから先は、大泉洋さんなどは東京の仕事も入るようになり、ローカルタレントもこなしながら、地元に根付いた仕事が増えていきます。
東京の仕事の際に住所を知った大泉洋さんが森崎さんの家に泊まりに行ったり、メンバーとやり取りすることにより、森崎さんのホームシック、おじいちゃんの逝去、大泉洋さんの人気沸騰などが重なり、安田さんとの密な連絡の結果、北海道へ戻ることになります。
ここで再結成に大きな力をくれたのは、旗揚げ4日で解散した、当時の解散公演の『LETTER~変わり続けるベクトルの障壁』は伝説になるほどの人気があったようで、「96年札幌お芝居大賞」という最優秀作品賞と最優秀脚本賞を受賞していること。
せっかく受賞しても、その存在がないわけですから、森崎さんが動かないわけがなかったんですね。
これで、メンバーとの心の探り合いが始まり、本音トークの結果、再結成に至るわけですね。
大泉洋「 TEAM NACS 」のグループメンバーも25年!
このメンバーの顔触れ見てください。
25年、変わらず素敵な笑顔を見せてくれています。
この記念に合わせ、TEAM NACS史上初となる生配信を決行しています。
TEAM NACS 第17回公演「マスターピース~傑作を君に~」、ストリーミングやライブ・ビューイングで配信されるなど、今なかなか足を鉾ぶことが出来ない中で、映画館や自宅でゆっくり鑑賞できるのは、ファンや初めての方にも手の届きやすい公演、とっても有難いものです。
これからもどんどん頑張ってほしいですね~~!!
25年経った、この渋い演技力を存分にお楽しみください!
◆もし、女満別空港をご利用される際は、記念に是非!!
大泉洋・グループ「TEAM NACS」メンバー・出会いと絆!まとめ
今回は、長く愛され続ける、「 TEAM NACS 」の軌跡を遡りながら紹介させていただきました。
大泉洋さんはじめ、他のメンバーも大学の頃から、誰一人欠けることなくここまで演じ続け、この歴史は、きっとこのメンバーしか分からない深い深い家族のような信頼の実証だと感じています。
間違いなく絆が凄すぎるグループ、「 TEAM NACS 」のお話でした。
ここまでご覧いただきありがとうございました。
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