清原奈侑が帰化を考えたある問題と覚悟・会えない祖母へとつなぐ|ある習慣とは?

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東京オリンピック、ソフトボールの代表に選出された清原奈侑選手は、日立サンディーバで主将を務めています。

機転の利くプレーヤーと言われていますが、清原奈侑選手が国籍を日本へ変更した理由と今現在も東京2020オリンピックに掛ける強い想いがあることを知りました。

代表選手になることも帰化することも容易なことではありません。

そんな清原奈侑選手がソフトボールを続けることの意味と信念、強く願うことなどお話させていただきます。

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清原奈侑は韓国人?プロフィールは?

 

清原奈侑◆(きよはら ゆな)
生年月日◆ 1991年 5月 1日
出 身 地 ◆ 大阪府 大阪市
血 液 型 ◆ O型
身  長  ◆ 165cm
体  重  ◆ 64kg
所  属  ◆ 日立ソフトボール部
投  打  ◆ 右投右打

清原奈侑選手は在日韓国人4世になるようです。

 

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清原奈侑が帰化を考えたある問題とは!

活躍されている清原奈侑選手ですが、色々あったからこそ、頑張らないといけない、常にそんな風に思い続けてきたソフトなのでしょう。

好きだからこそ悩んだソフトボール

 

小学生の時、野球をしていたよりうまくなりたい!その思いで、男子に混ざって始めた野球。
中学生では、初心者が多かったチームメンバーの中で勝利することが出来ず退部を考えたこともあったソフトボール。
「 中途半端なことはするな!辞めるなら、家を出ていけ! 」と助言してくれたのは母の琴美さん

大阪出身の清原奈侑選手ですが、更に上を目指すため、京都では有名な強豪校、京都西山高等学校へ進学しています。

京都西山高等学校時代・初めて直面した自分の国籍

 

私の娘も同じように小学生の時から男子に混ざり、弟と競うように野球をし、中学からソフトボールを始めました。
高校は強いチームでチャレンジしたいと全国から集まる強豪校を選択しましたので、親として、清原奈侑選手が県外へ出てまでもチャレンジしたいという強い気持ち、とても分かります。

この京都西山高校2年生の時に、インターハイで優勝しています。

めきめきと頭角を現し、日本代表のU19(19歳以下)選考会からお呼びがかかるほどになるのですから、ソフトボールを続け、親元を離れてまでも選択した京都西山高校、間違いではありませんでしたね。

ただここで、日本代表になることが、気にもしていなかった自分の国籍とのあいだに問題があることを知るんですね。

せっかく打診された日本代表選考会でしたが、自分で選択できた今までの人生でしたが、ここで初めて自分ではどうしようもない問題に突き当たります。

当時、高校生の清原奈侑選手、国籍が違うことで、土俵に立てない悔しさを味わい、何もできない自分が、きっと、ただただ悔しくて、悲しくて、辛くて、どんな思いだったかと想像しただけで胸が痛いです。

この時から、国籍の問題は意識の中に入り込んでいきます

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清原奈侑の帰化を後押しした祖母の言葉!

 

園田学園女子大学も、素晴らしい強豪校で、調べてみたところ、春季・秋季ともに11季連続優勝しているんですね。

こんな強豪校で更に磨きをかけ、インカレ(全日本学生選手権)では、3度も全国制覇しています。

★改めて考える時期となる自分の国籍

園田学園女大2年の時に、再度日本代表の声がかかります。
それも、日本代表と韓国代表ですから、素晴らしいですね。

またここで、高校時代に悔しい想いをしたことがよみがえるわけです。

代表になれるかもしれない!ですが、憧れだけでは終わらない問題もあったようです。

・国籍を変更することがどれだけ大変なことか、調べて初めて分かりました。
とてつもない書類の書類の提出、もちろん費用も掛かります。

例え、手続きが滞り進んだとしても、なによりも、辛いのが書類だけで家族という証がなくなることですよね。
表面上のことだと分かっていても、家族から名前が消え、自分ひとりになってしまう。
とても苦しい時間だったと思います。
これは、相当の覚悟がいることです。

・国籍を変えること=家族の戸籍から抜けるということ。
・国籍を変えずに、韓国代表にチャレンジすることもできる。

国籍を変えることについて、ご両親には反対されたそうですが、背中を押してくれたのは祖母の安栄生さんだそうです。

日本代表と韓国代表のどっちで出てほしいかと聞いてみた。
日本、強い方を選びなさい!

五輪出場経験のある日本、安栄生さんの声があったことで、迷っていた清原奈侑選手も、これで大きな決断をし、大学3年生の時に帰化することになります。

社会時となり、日立へ入社し主将としても活躍を続け、今回、見事に日本代表に選出されています。

 

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日本代表での使命や家族への感謝・そして毎日の習慣とは?

実は、今回の日本代表選出、清原奈侑選手は自信がなかったといいます。

しかし、捕手としての清原奈侑選手は巧みな頭脳プレーもかわれ、15人の狭き門の仲間入りをしています。

清原奈侑選手は話します。

自分が代表になることで、似た境遇の選手が、一人じゃない!って感じてもらいたいと。

そして、毎日の習慣があるといいます。

実は、がんで闘病していた祖母の安栄生さんは昨年の1月に亡くなっているんですね。
五輪で孫の姿を見たいと話していたそうです。
応援し続けてきた孫の初舞台、本当に残念でたまりません。

清原奈侑選手、本当に優しいんですね。
勇気を出させてくれた、おばあちゃん。

国籍変更に反対した両親、代表に入れなかったときの後悔を考え、国籍変更に反対した両親の気持ちを知り、恩返しがしたいと話していました。

そして、神奈川の自宅に神棚を設け、祖母から言われていた、” 常に笑顔で ”を忘れず、と共に、手を合わせているといいます。

願いがかなった今、最高の底力を見せてほしいですね。

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清原奈侑が韓国から帰化!学生時代の覚悟と会えない祖母へとつなぐ|ある習慣とは?のまとめ

五輪の切符をつかんだ、清原奈侑選手。
韓国の国籍と日本代表との間に揺れ、悩み悲しんだ時のことをバネに、家族や天国の祖母、日本中のファンに歓喜の声をあげさせてほしいですね!!

こちらを見れば、いち早い情報が見られますよ!↓↓↓↓↓

オリンピックソフトボール2021速報!上野由岐子選手・山田恵里選手など情報も!

 

ここまでお読みいただきありがとうございました。

コメント

  1. […] […]

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